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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)197号 判決

東京都中野区上高田五丁目四五番五号

原告

馬場幸子

右訴訟代理人弁護士

浅見精二

東京都中野区中野四丁目九番一五号

被告

中野税務署長 森元常行

右訴訟代理人弁護士

中村勲

被告指定代理人

矢吹雄太郎

川名克也

齋藤春治

鍋内幸一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告が平成二年一二月二八日付けでした原告の平成元年分の所得税に係る更正の請求に対する更正すべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

二  被告が平成二年七月三一日付けでした原告の平成元年分の所得税に係る重加算税賦課決定処分(ただし、平成四年九月二二日付けの国税不服審判所長の裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、平成元年分の所得税について修正申告をし、その後、更正の請求をした原告が、被告から受けた更生すべき理由がない旨の通知処分及び重加算税の賦課決定処分を不服として、これらの取消しを求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、従前、別紙物件目録一記載の土地(以下「従前土地」という。)につき借地権を有し、右土地上に同目録記載の建物(以下「従前建物」といい、従前土地と併せて「従前物件」という。)を所有して居住していた。

2  昭和六〇年六月一四日、株式会社大和興産住宅販売(以下「大和興産」という。)が従前土地の所有権を取得し、昭和六一年三月二八日、原告と大和興産との間で、原告が大和興産から従前土地を代金七〇〇万円で買い受けた上、原告は、大和興産に対し、従前物件を代金五四〇〇万円で売り渡し、大和興産は、原告に対し、別紙物件目録二記載の土地及び建物(以下、それぞれ「本件土地」及び「本件建物」といい、併せて「本件物件」という。)を代金五四〇〇万円で売り渡す旨の売買契約が締結された。

3  原告は、昭和六一年分の所得税の確定申告において、従前物件の譲渡について、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三六条の二(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)の居住用財産の買換えの場合の長期譲渡所得の課税の特例の規定の適用を受けた。

なお、本件物件の取得価額は、措置法三六条の四(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)の規定の適用により、譲渡資産の取得価額分二三五万円に底地所有権取得価額分七〇〇万円を加えた九三五万円となった。

4  原告は、株式会社星和ドムス(以下「星和ドムス」という。)との間で、平成元年一月一三日付けで、原告が星和ドムスに対し、本件物件を売買代金九〇〇〇万円で売り渡す旨の契約書を作成すると共に、星和ドムスが原告に対し、別紙物件目録三記載の土地(以下「代替土地」という。)上に、同目録記載の建物(以下「代替建物」といい、代替土地と併せて「代替物件」という。)を建築した上、代替物件を売買代金六二五〇万円で売り渡す旨の契約書を作成した。

二  課税処分の経緯(この事実は当事者間に争いがない。)

原告は、被告に対し、平成二年三月一五日に、本件物件の譲渡金額を九〇〇〇万円として、別表一の確定申告欄記載のとおり、原告の平成元年分の所得税の確定申告をした。その後、原告は、同年六月二九日、中野税務署職員のしょうようにより、本件物件の譲渡金額が一億七〇〇〇万円であることを前提として、別表一の修正申告欄記載のとおりの修正申告をしたところ、被告は、同年七月三一日、右修正申告により原告が新たに納付すべきこととなった税額四五四三万三五〇〇円につき、重加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。

原告は、被告に対し、同年九月二七日、本件物件の譲渡金額は九〇〇〇万円であるとして、別表一の更正の請求欄記載のとおり、更正の請求をするとともに、本件賦課決定に対する異議申立てをした。

被告は、原告に対し、同年一二月二六日、右異議申立てに対して、これを棄却する旨の異議決定をし、同月二八日、右更正の請求に対して、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。

原告は、右異議決定及び本件通知処分を不服として、平成三年一月二八日、国税不服審判所長に対し、本件賦課決定に対する審査請求をし、同月二九日、被告に対し、本件通知処分に対する異議申立てをした。

被告は、同年四月二六日、右異議申立てに対して、これを棄却する旨の異議決定をし、原告は、これを不服として、同年五月二七日、国税不服審判所長に対し、本件通知処分に対する審査請求をした。

国税不服審判所長は、同年八月六日、原告の本件賦課決定に対する審査請求と本件通知処分に対する審査請求を併合し、平成四年九月二二日、本件通知処分に対する審査請求については、これを棄却し、本件賦課決定に対する審査請求については、原告が新たに納付すべき税額のうち、二七二万六〇〇〇円は計算誤り等によるものであり、過少申告加算税を賦課するのが相当であるが、重加算税を賦課するのは相当でないとして、本件賦課決定のうち、六八万三五〇〇円(重加算税額一四九四万五〇〇〇円と過少申告加算税額二七万二〇〇〇円の合計額を超える部分)を取り消した。

三  課税処分の根拠についての被告の主張

1  本件通知処分について

一 分離課税の短期譲渡所得の金額 一億三〇六五万円

右金額は、次の(1)の金額から、次の(2)及び(3)の金額を差し引いた金額である。

(1) 譲渡収入金額 一億七〇〇〇万円

右金額は、原告が、本件物件を、平成元年一月一三日、星和ドムスに売却した際の譲渡金額である。

(2) 取得費 九三五万円

右金額は、本件物件の取得費である(右金額については当事者間に争いがない。)。

(3) 特別控除額 三〇〇〇万円

右金額は、措置法三五条一項(平成五年法律第一〇号による改正前のもの)に基づく特別控除額である(右金額については当事者間に争いがない。)。

二 所得控除額 一一九万七〇〇〇円

右金額は、社会保険料控除額二万四〇〇〇円、損害保険料控除額三〇〇〇円、寡婦控除額二七万円、扶養控除額五五万円及び基礎控除額三五万円の合計額である(右金額については当事者間に争いがない。)。

三 課税分離短期譲渡所得金額 一億二九四五万三〇〇〇円

右金額は、右一の金額から、右二の金額を控除した額である。

四 納付すべき税額 六六六三万四一〇〇円

右金額は、右三の金額に対して、措置法三二条一項を適用して算出した税額(国税通則法(以下「通則法」という。)一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てたもの)である。

2  本件賦課決定について

被告は、原告が修正申告により新たに納付すべきこととなった税額四五四三万三五〇〇円につき、原告が課税標準の基礎となる本件物件の譲渡収入金額の一部を隠ぺいしたことに基づくものと判断し、通則法六八条一項を適用して重加算税一五九〇万五〇〇円を賦課決定したものである。

四 争点

本件の争点は、本件物件の譲渡金額がいくらか、また、原告が譲渡金額の一部を隠ぺい又は仮装したか否かという点であり、この点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  被告の主張

星和ドムスによる本件物件の買収は、星和ドムス及び株式会社三和建築事務所(以下「三和建築事務所」という。)の両社の代表取締役社長である大和豊(以下「大和」という。)が本件土地の隣接地を所有していた株式会社黒沢楽器店(以下「黒沢楽器店」という。)に依頼されて行ったものであるが、原告と星和ドムスとの間では、昭和六三年六月二四日付けで、買主を三和建築事務所名義とし、本件物件の売買代金を一億七〇〇〇万円とする契約書が作成され、原告に対して手付金二〇〇万円が支払われていること、原告と星和ドムスとの間で、平成元年一月一三日付けで作成された契約書における九〇〇〇万円の売買代金額は、原告が本件物件の売却による税金等の金銭的負担については星和ドムスがこれを負担することを希望したため、星和ドムスが負担し得る金額から逆算して算出された数値にすぎないこと、原告が転居先の確保等を要求したことから、右買収は本件物件と代替物件とを実質的に交換するとの前提で行われたが、星和ドムスが用意した代替物件の価額が約一億三六四〇万円余り(代替土地の取得価額一億一六〇〇万円、代替建物の建築費用二〇四〇万円余り)であり、これに原告に支払われた手付金二〇〇万円、原告が税金相当分として星和ドムスから受け取った二七五〇万円を加えると、その合計は約一億六五九〇万円余りとなること、原告から本件物件を買収した星和ドムスが、本件物件を黒沢楽器店に一億八〇〇〇万円で転売していること、被告の税務調査により、原告が本件物件の譲渡価額を一億七〇〇〇万円とする修正申告を行っていること等からすれば、本件物件の譲渡金額は、当初約定されていた一億七〇〇〇万円というべきであり、本件物件の売買代金を九〇〇〇万円とする契約書は、税金の負担を軽減すべく意図的に売買価額を圧縮するために作成されたものであるから、このような合理性を欠く契約金額を譲渡金額として是認することは、所得税法の趣旨から到底許されるものではない。

そして、原告は、右譲渡所得の申告に当たっては、一億七〇〇〇万円の譲渡金額を圧縮して隠ぺい仮装したものである。

2  原告の主張

原告は、本件物件の譲渡に当たっては、その譲渡金額をいくらにするかについての関心や知識もなく、税金等の金銭的負担をすることなく、本件物件と代替物件を実質的に交換できるならば、右取引に応じることとしていたものである。

そして、原告と星和ドムスとの間の本件物件の売買契約は、その代金額を九〇〇〇万円とするもの以外には存在しない。

当初の三和建築事務所との契約書の作成については、原告は、その売買代金についても関心がなかったため、その内容を認識しておらず、また、右契約自体は、いったん完全に解約された上、後に、星和ドムスとの間で売買契約が締結されたものであるから、契約当事者が三和建築事務所である右契約における売買代金額が真実の譲渡金額であるといえる道理はない。

また、代替物件の取得価額や本件物件の転売価額については、原告は、全く関知しておらず、星和ドムスが本件物件の売買代金を九〇〇〇万円とするについて、どのような経緯があるとしても、それは、星和ドムス側の内部事情にすぎず、原告は、そのような内部事情を知らないまま、星和ドムスの申し入れた九〇〇〇万円の売買代金による本件物件の譲渡を承諾したものであり、当事者間の私法上の合意はこれ以上に存在しない。

そして、私法上の取引合意が税法上そのまま是認されない場合もあり得るところであるが、本件物件の譲渡については、所得税法五九条一項二号、同法施行令一六九条の低額譲渡の場合にも当たらないから、否認の対象にもならない。

また、本件物件の譲渡は、本件物件と代替物件の等価交換(所得税法五八条)の実質を有するものであるところ、所得税法基本通達五八-一二は、交換資産の時価については、交換当事者間で合意された資産の価額が交換するに至った事情等に照らし合理的に算定されていると認められるものであるときは、合意価額が通常の取引価額と異なるときでも、所得税法五八条の適用上、これらの資産の価額は合意価額によるものとするとしており、この通達の趣旨に照らしても、本件物件の譲渡金額は九〇〇〇万円と認定されるべきである。

第三争点に対する判断

一  本件物件の売却に至る経緯等

1  前記争いのない事実に加え、証拠(証人坂元茂の証言、原告本人尋問の結果及び各項末尾に掲記した各書証)によれば、以下の事実が認められる。

一 原告は、昭和六一年三月二八日、大和興産に居住用財産であった従前物件を売却するとともに、本件物件を購入し、昭和六一年分の所得税の確定申告において、従前物件の譲渡について、当時の措置法三六条の二(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)の居住用財産の買換えの場合の長期譲渡所得の課税の特例の適用を受けた。

二 昭和六二年一二月ころ、本件土地の隣接地を所有する黒沢楽器店は、星和ドムス及び三和建築事務所の代表取締役社長である大和に対し、本件物件を買収してほしい旨依頼した。なお、黒沢楽器店の本件物件の買収価額については、大和らと黒沢楽器店との交渉の末、最終的に一億八〇〇〇万円ということになった。

右依頼に基づいて、まず、大和が原告に会うなどしたが、その後の原告との交渉は、主として、星和ドムス及び三和建築事務所の取締役であった坂元茂(以下「坂元」という。)がこれに当たった。

右交渉において、当初、原告は、本件物件を売りたくない、高齢の母がいるので引っ越しが煩わしい等として、買収に応じ難い態度であったが、何回かの交渉の後、原告から、原告の転居先が提供され、また、売買に伴って原告に金銭的負担が発生しないのであれば、本件物件の売却に応じてもよいとの意向が示されるようになった。そこで、坂元は、原告に提供すべき転居先を探し、数箇所の物件に原告を案内したところ、原告は、周囲の環境等が本件土地より優れていることもあって、代替土地を気に入り、右土地に新築家屋を建ててもらえば、買収に応じてもよいとの意向を示した。(乙一一号証)

三 そこで、星和ドムス側では、右の代替土地の所有者である株式会社ダイマス(以下「ダイマス」という。)と折衝したところ、右土地の売値は当初一億四〇〇〇万円であったが、折衝の結果、右土地を一億二〇〇〇万円で取得できるとの内諾を得た。

そして、坂元は、原告に対して、代替土地は約一億四〇〇〇万円程度の価値があり、代替土地上に、二四〇〇万円ないし二五〇〇万円程度の建物を建築することを説明した上、代替土地に新築する建物について、原告と協議し、原告の間取りや茶室の設置等の希望に従って設計図等を作成した。その上で、代替物件を本件物件と実質的に交換するとの前提で、昭和六三年六月二四日、三和建築事務所を買主として、原告から本件物件を売買代金一億七〇〇〇万円で買い取る旨の売買契約書(以下「第一契約書」という。)が作成された。右契約時には、原告に対して、手付金として二〇〇万円が支払われ、そのうち一〇〇万円は、建築される代替建物の設計料として三和建築事務所に支払われ、残り一〇〇万円は、原告が東京信用金庫中井駅前支店の原告名義の普通預金口座に入金した。

なお、三和建築事務所と星和ドムスは、その所在地、代表取締役等を同じくし、星和ドムスは、三和建築事務所の不動産部門として設立された会社であり、星和ドムスは不動産業、三和建築事務所は建築設計を主な業務として行っていた。(甲一一、一二、二三号証、乙一、九、一一号証)

四 本件物件についての売買契約が締結されたことから、星和ドムスでは、買収の依頼を受けた黒沢楽器店にその旨報告し、昭和六三年七月七日に、黒沢楽器店に本件物件を一億八〇〇〇万円で売却する旨の売買契約を締結し、さらに、同月一五日、ダイマスから星和ドムスが、代替土地を一億二〇〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結した。なお、三和建築事務所は建築設計業であり、不動産取引は星和ドムスの方がよいとの黒沢楽器店の意向等に基づいて、右各売買契約の当事者は、三和建築事務所ではなく、星和ドムスとされたが、星和ドムスと三和建築事務所は、その所在地も代表取締役も同一であり、坂元も両社の取締役であったため、第一契約書における買主名義を星和ドムスに変更することはしなかった。(乙二、三、一一号証)

五 ところが、そのころ、原告が昭和六一年に従前物件を売却して、本件物件を取得した際に、譲渡所得金額の計算につき、居住用財産の買換えの場合の長期譲渡所得の課税の特例の適用を既に受けているおり、本件物件の譲渡に際して、右特例の適用を受けられないこと、さらに、昭和六三年中に本件物件の譲渡がされた場合には、措置法三五条(平成五年法律第一〇号による改正前のもの)による三〇〇〇万円の特別控除も認められないことが判明し、原告が一億七〇〇〇万円で本件物件を売却した場合に課される税金等は、五〇〇〇万円以上となることが明らかになった。

何らの金銭的な負担なく本件物件と代替物件を実質的に交換することを希望していた原告は、右の事実を知り、星和ドムス側で原告が一切の金銭的負担を負わないような措置をとらない以上、本件物件の譲渡には応じ難いとの姿勢を示し、星和ドムス側においても、右税金額相当分を負担する目途等も直ちには立たなかったことから、星和ドムスによる本件物件の買い取りは一時中断されることとなった。そして、前記のダイマスと星和ドムスとの代替土地の売買契約は、星和ドムスが手付金を放棄する形でいったん解約された。(乙一一号証)

六 星和ドムスとしては、前記のとおり、黒沢楽器店と本件物件の売買契約を締結していることから、本件物件を原告から買収したいとの強い意向があり、原告としても、代替物件は気に入っており、本件物件の譲渡に伴う税金額を星和ドムス側で負担する形であれば、本件物件の売却に応じる意向であったので、星和ドムス側で、その負担できる税金額を算出した上で、これに見合う本件物件の売買代金額を算出したところ、売買代金額を約九〇〇〇万円とし、昭和六四年(平成元年)に入ってから取引すれば、三〇〇〇万円の特別控除が受けられることもあって、本件物件の譲渡に伴って発生する税金が約二七五〇万円程度となることが明らかになった。右金額程度の税金額であれば、星和ドムス側で負担することが可能であることから、坂元が原告に対し、本件物件の売買代金額を九〇〇〇万円に圧縮すること、税金額に相当する二七五〇万円は、星和ドムスが原告に現金でこれを支払うこと等を説明し、原告もこれを了解した。そして、昭和六三年八月ころ、原告と星和ドムスとの間で、原告が星和ドムスに対し、本件物件を九〇〇〇万円で売却する、星和ドムスは、代替土地上に代替建物を建築した上、これを九〇〇〇万円で原告に売却する、右各売買契約は、代替土地の取得及び代替建物の建築確認申請許可(昭和六四年一月一〇日ころ)後、速やかに行う、右各売買契約及び所有権移転登記手続終了後、星和ドムスが原告に対し、二七五〇万円を支払う旨等が記載された協定書が作成された。(甲二二号証、乙一一号証)

七 その後、星和ドムスとダイマスとの間で、昭和六三年一二月二二日付けで、ダイマスが星和ドムスに対し、代替土地を売買代金一億一六〇〇万円で売却する旨の売買契約が締結された。

そして、平成元年一月一三日付けで、原告が星和ドムスに対し、本件物件を売買代金九〇〇〇万円で売却する旨の売買契約書(以下「第二契約書」という。)が作成され、同日付けで、星和ドムスが原告に対し、代替土地上に家屋を新築した代替物件を右九〇〇〇万円と星和ドムスが税金相当分として原告に支払う二七五〇万円との差額である六二五〇万円の売買代金で売買する旨の売買契約書が作成された。

なお、星和ドムスの決算においては、本件物件は、一億七〇〇〇万円で購入したこととされていた。(乙一〇、一一号証)

八 星和ドムスでは、代替建物の建築を伸和装飾株式会社に二〇四〇万円で発注したが、最終的には追加工事等により代替建物の建築費は二〇四〇万円を超える金額となった。原告は、代替建物完成後である平成元年六月に本件物件から代替建物に引っ越した。

また、星和ドムスは、原告に対し、平成元年六月二九日から平成二年三月一三日までの間に、九回に分けて、合計二七五〇万円を支払った。

なお、本件物件は、平成元年一月一三日に黒沢楽器店に直接所有権移転登記がなされ、その後、黒沢楽器店では、本件建物を取り壊した上、本件土地と隣接土地等を合筆して、その土地上にマンションを建築した。(甲三、四号証、六ないし一〇号証、二〇号証の一〇、一一、乙一一号証)

2  原告は、第一契約書の作成に関しては、その契約金額を認識していなかった旨主張し、原告本人尋問の結果中にもこれにそう供述部分がある。なるほど、原告の関心が本件物件と代替物件の実質的な交換にあったことは、前記認定の経緯に照らしてもうかがえるところであるが、自らの自宅を売却するという重要な契約において、その契約金額を全く認識することなく、契約書に署名押印するということ自体が考え難いことであるし、原告は、右契約当日に手付金として二〇〇万円を受領した旨の領収書を作成した上、うち一〇〇万円については、東京信用金庫中井駅前支店に入金していること、甲二八号証の記載中には右金額を認識していたかのような記載もあり、原告本人尋問の結果中には、一億七〇〇〇万円という高額な金額に驚いて契約の白紙撤回を申し入れたなど、契約金額自体を認識していたような供述部分もあること等に照らせば、右契約金額を認識していなかったとの供述部分は直ちには信用し難いというべきである。

また、原告は、第一契約書に係る契約がその後破棄されている旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれにそう供述部分がある。しかしながら、原告が右契約書作成時に手付金を受領していることは前記認定のとおりであるところ、右契約が破棄されたと主張しながら、その時点で右手付金の返還を行っていないことは明らかであり(なお、甲二三号証によれば、右手付金である一〇〇万円が平成元年一月一三日に東京信用金庫中井駅前支店の原告名義の口座から引き出されている事実が認められるが、この時点でも原告が右一〇〇万円を星和ドムス側に返還したか否かについては、領収書等もなく、明らかではない。)、また、右契約破棄に至る事情として原告の主張するところは、右契約後、坂元らの態度が急に強くなったためであるといい、あるいは、課税の問題が生ずるとの甥の進言もあり、兄の墓参りの際に、気をつけるようにとの兄の声を聞いたためであるといい、あるいは、契約金額が一億七〇〇〇万円と高額になったためであるというなど、一貫しておらず、また、いったん白紙撤回されたといいながら、結局、代替物件との実質的な交換を前提とする本件物件の譲渡に応じている理由も伴然とせず、原告の右供述部分は直ちには信用し難い。

むしろ、本件物件の譲渡の条件としての代替物件との実質的な交換という前提は、その後も何ら変わりはなく、第一契約書と第二契約書の実質的な差異が、売買の時期と売買代金額といういずれも負担する税金額の軽減に関する事項であることにかんがみれば、前記認定のとおり、税金の問題が生じて、第一契約書どおりの売買代金額では、星和ドムス側の税金の負担が困難となったことによって、星和ドムス側の負担可能額とそれに応じた売買代金額を検討するために、本件物件の買い取りの実行が一時中断されたものであるとみることが最も自然であり、この点に関する証人坂元茂の証言部分及び乙一一号証の記載部分は信用できるというべきである。なお、原告は、後に作成された第二契約書の契約当事者が星和ドムスであることも第一契約書に係る契約の破棄の根拠とするが、星和ドムスと三和建築事務所の関係は前記認定のとおりであり、原告もこれを全く別個の当事者とは考えていかったことは明らかであり、これをもって、第一契約書に係る契約が破棄されたということはできないというべきである。

さらに、原告は、第二契約書作成に当たって、税金軽減の趣旨や右金額算出に至る星和ドムス側の事情等は一切知らず、また、関心もなかった旨主張し、原告本人尋問中にはこれにそう供述部分がある。確かに、原告の関心が、本件物件と代替物件の実質的な交換という点にあったこと、星和ドムス側が本件物件を取得したい旨の強い意向を有していたこと等は、前記のとおりであり、右売買代金額の圧縮や金額の決定等については、専ら星和ドムス側の主導で行われたことがうかがわれないではない。しかしながら、原告の関心が、右実質的な交換に伴って租税等の金銭的負担を負わないという点にもあったことは、原告自身も認めるところであり、前述したとおり、原告が当初の契約において、本件物件の売買代金が一億七〇〇〇万円とされ、本件物件がそのように評価されていることを認識しており、また、当初の契約が一時中断した原因が税金の負担等にあったとみられる以上、本件物件の譲渡による実質的対価として原告が取得する代替物件等に何らの変動がないのに、本件物件の売買代金が税金負担分を捻出すべく引き上げられるどころか、逆に九〇〇〇万円と引き下げられた理由及び本件土地より地積の広い代替土地上に建物を新築した代替物件が六二五〇万円という売買代金額とされた理由や税金負担の問題がどのように解決されたかについて、何らその事情を知らないということは到底考え難く、原告の右供述部分は直ちには信用し難いというべきである。

以上のとおり、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

二 本件物件の譲渡金額について

以上の事実を前提とすると、本件物件の真実の譲渡金額は一億七〇〇〇万円であり、九〇〇〇万円が本件物件の譲渡金額ということはできないというべきである。すなわち、原告が本件物件の譲渡の対価として実質的に取得したのは、代替物件(代替土地取得代金一億一六〇〇万円、代替建物設計料一〇〇万円、代替建物建築費二〇四〇万円以上)、税金相当分としての二七五〇万円及び手付金一〇〇万円の合計一億六五九〇万円以上であり、また、本件物件が黒沢楽器店に一億八〇〇〇万円で売却されていることなどに照らしても、第二契約書の九〇〇〇万円という売買代金は、本件物件の譲渡に伴って発生する税金を、星和ドムスが負担可能な二七五〇万円程度とするためだけに、右負担可能な金額から逆算して算出された金額にすぎず、これをもって、本件物件の譲渡金額とすることはできず、当初定められた一億七〇〇〇万円が依然として本件物件の譲渡金額であったというべきである。

原告は、本件物件の譲渡に関しては、当事者間でなされた譲渡金額の私法上の合意は九〇〇〇万円の合意のみであり、それ以外の合意は存在しない旨主張する。しかしながら、前記認定事実に照らせば、本件物件の譲渡金額についての合意は、私法上も一億七〇〇〇万円であったというべきであり、原告の主張する九〇〇〇万円の合意とは、右売買代金の支払が実質的には代替物件の譲渡等という形式で行われるため、本件物件の売買代金額及び代替物件の売買代金額を契約書上形式的に引き下げることが可能であったことから、本来発生する譲渡所得税等の税金負担額の軽減の目的で、何ら経済的合理性のない九〇〇〇万円という金額を定めることとしたというものにすぎず、右合意をもって、本件物件の真実の譲渡金額の合意と解することはできないというべきである。

なお、原告は、本件物件の譲渡等の取引は、本件物件と代替物件の等価交換の実質を有するところ、交換資産の時価については、所得税基本通達五八-一二によれば、交換当事者間で合意されたその資産の価額が交換をするに至った事情等に照らし合理的に算定されていると認められるものであるときは、その合意された価額が通常の取引価額と異なるときであっても、所得税法五八条の規定の適用上、これらの資産の価額は当該当事者間において合意されたところによるものとするとされており、これに照らしても、本件物件の譲渡代金額は九〇〇〇万円と認定されるべきである旨主張する。しかしながら、所得税法五八条の規定は、固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例に関するものであり、本件物件の譲渡等が実質的に交換の性質を有するものであるとしても、そもそも、その取引は右特例の適用を受け得ないものであったのであり、また、右基本通達は、交換という取引の特殊性から、交換当事者の合意した価額が、交換当事者の置かれた立場からみて、その価額がやむを得ないものと認められ、その価額が交換をするに至った事情等からみて合理的に算定されているものと認められるものに限って、これを所得税法五八条の適用上、交換資産の時価とみるというものであり、本件物件の譲渡金額につき、右基本通達の趣旨を斟酌する余地がないことは明らかである。

したがって、本件物件の譲渡金額は一億七〇〇〇万円であるというべきである。

三 隠ぺい又は仮装の事実について

以上の事実によれば、本件においては、原告に過少申告加算税が課税される要件があり(原告の修正申告書の提出は、中野税務署の調査があり、調査担当職員のしょうようにより行われたものであるから、通則法六五条五項の、調査により更正があるべきことを予知してされたものでないときに該当しない。)、原告が本件物件の譲渡金額を九〇〇〇万円として、平成元年分の確定申告書を提出した行為は、所得税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺい又は仮装したところに基づいて納税申告書を提出したことに該当するというべきである。前記のとおり、本件物件の譲渡金額の圧縮等が星和ドムス側の主導でなされたことがうかがわれないではなく、結果において、原告に同情すべき点はないではないが、重加算税は、納税義務違反が事実の隠ぺい又は仮装という方法に基づいて行われた場合に課される行政上の措置であり、故意に納税義務違反を犯したことに対する制裁ではないから、事実の一部の隠ぺい又は仮装があり、これを原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、納税者において、過少申告の認識を有していることまでは要しないというべきであるから、本件において、重加算税が課されることはやむを得ないというべきである。

なお、原告の提出した確定申告書には、本件物件の譲渡金額の隠ぺい等に関わらない計算誤りの部分があり、右計算誤りによって生じた新たに納付すべき税額部分については、重加算税を課すべきではないが、この点は既に平成四年九月二二日の国税不服審判所長の裁決により取り消されているから、右取消し後の本件賦課決定に違法な部分はない。

四 以上によれば、本件通知処分及び本件賦課決定はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 裁判官 森田浩美)

物件目録一

一 所在 新宿区上落合二丁目

地番 七三五番八

地目 宅地

地積 五五・二二平方メートル

一 所在 新宿上落合二丁目七三五番地

家屋番号 同町七三五番四

種類 居宅

構造 木造瓦葺平屋建

床面積 二七・二七平方メートル 以上

物件目録二

一 所在 新宿区上落合二丁目

地番 七三五番六

地目 宅地

地積 七三・一七平方メートル

一 所在 新宿上落合二丁目七三七番地一、七三八番地一

家屋番号 七三七番一の六

種類 店舗居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 四五・四〇平方メートル

二階 四五・四〇平方メートル 以上

物件目録三

一 所在 中野区上高田五丁目

地番 四五番三二

地目 宅地

地積 一〇三・五八平方メートル

一 所在 中野区上高田五丁目四五番地三二

家屋番号 四五番三二

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 五九・七三平方メートル

二階 五八・〇六平方メートル

以上

別表一 課税の経緯

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